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Selfishly

Selfishly

百年続く恋 p1


~~ 百年続く恋 ~~





  ・・・・・ 【 恋人の帰還 】 ・・・・・ act 1
  



「よしっ!」
 ロイは自分の成果に満足そうに、目の前に広がる光景を見回す。
 快晴の天気の中で、それらははたはたと爽やかにはためいていて、見ているロイにも清清しさを
 もたらしてくれている。

 周囲は、白・白・白のシーツの波がそよいでおり、それに見え隠れするようにして色とりどりの衣類達が、
 小さく精一杯に自己をアピールするかのようにはためいていた。

 要するに・・・・・洗濯物を干していたロイなのだった。



 昨夜、休日前の帰宅で気を抜いて寛いでいたところへ電話が鳴った。
 ロイの職務柄、自宅への連絡が入ってくるのも良くあることで、つまらん内容だったら切ってやる、
 と思い浮かべながら重い腰を上げて受話器を取る。
「はい、マスタングですが」
 ややトーン落ちしている受け取りにも、掛けてきた方は全く臆する事無く、話し出してきた。
『あっ、大佐? 俺』
 とんでもない電話の応対方法だが、声を聞いたロイにはそんな事は気にもならない。
「エド…っ、鋼のか!」
 思わず名前を叫びそうになって、慌てて呼び直す。
『うん。で、明日の夕方には着きそうだって司令部に連絡入れたら、もう帰ったって言うからさ』
 久しぶりに聞く恋人の声に、ロイの気持ちは高揚するばかりと言うのに、更に帰って来ると言う嬉しい言葉に
 機嫌も急上昇だ。
「本当かね!? 」
『そう。じゃあ、乗り換えの列車が着たから、もう切るな』
「な、何時の…」
 忙しないエドワードの別れの言葉に、ロイは焦って聞き返そうとしたが、最後の言葉を伝え終わるまで、
 せっかちな恋人は待ってくれなかった。
『じゃあ、明日は直接あんたんとこ行くな。休みなんだろ』
 告げるだけ告げて、音信は不通になる。

 ロイは暫し、声の聞こえなくなった受話器を茫然と眺め、溜息を吐きながら電話へと戻す。
 チーンと澄んだ音に気を取り戻して、ロイは浮かれる気持ちのまま、先程まで座っていたソファーへと歩いていく。
 ロイの恋人がせっかちで、予測不可能な行動を取るのには慣れている。
 そんな些細な事をいちいち気にしていたら、幸せの僅かな時間が目減りする一方だ。
 忙しく活動的な恋人と付き合って行くには、得れた二人の時間をつまらぬ雑念を捨てて大切にするのが1番!


 ―― とまぁ、彼は開き直るに至っているのだ ――


 

 *****

 ロイがエドワードと恋人同士になってから、そろそろ一年の月日が経とうとしている。
 
 出逢いの当初は、……… 当然、唯の上司と部下もどきの関係だった。

 それが、頻繁でもない軍での付き合いをしていく中で、友愛を育んで恋愛まで至る事になったのだから、
 縁は異なもの妙なものだ。
 今では真面目に愛を育んで行こうと、日常の生活から行いを正して取り組んでいる自分に、ロイは感慨深い思いを抱く。
 野生動物並みに逞しいロイの恋人は、勘まで野生動物顔負けだ。
 少しでもロイに疚しいところが有れば―― 唯では済まされないだろう…。

 が、そんな危惧を抱く必要もないくらい、ロイはエドワードに惚れ込んでもいるのだが。

 今も、一月半ぶりの恋人の帰宅に、心も漫ろに明日へと夢描いている。

「今回は運が良かった! 私の休日にとはな。―― 夕方と言ってたから、どこか美味しい店で食事でもして……」
 と明日の計画に心馳せている。
 恋人も忙しい人間なら、ロイも多忙――を通り越して激務をこなしている人間だ。休みや帰還が、
 そうそう都合よく合う訳もない。
 エドワードがゆっくり滞在出来る時に限って、出張だ査察だテロだとロイが出回っている事も多ければ、
 暫しの安息に時間が空いてる時は、エドワードが遥か遠くの野山を駆けずり回っていたり。
 そんな恋人同士だったから、逢瀬の時間はごくごく短く、限られており、―― その分、思い入れが深くなって、
 大切な時間になるのは仕方がない。
 外へ出て食事をする時間も惜しくて、家でエドワードの簡単な手料理を振舞って貰って、運が良い時は残りの時間を
 惜しむようにベッドで過ごす。
 それが二人の過ごし方だ。

 が、今回はロイの休日に当たっているし、エドワードも長旅から戻ってきたばかりになるのだから、
 余計な手を煩わせるより、偶には洒落たレストランで料理に舌鼓を二人で打つのも悪くない。
 そんな風に考えながら、自分の案に自画自賛の頷きをする。


 そして――、明日の計画も一段落して、ふと周囲に目がいくと…。

「……… 拙い……」
 と額に冷たい汗を滲ませながら、今の家の惨状を眺めるのだった。





 *****

 以前、夕食に出したワインで、エドワードがほろ酔い気分になった時があった。


 エドワードは性格上か、躾けの賜物なのか―― なかなかに、ストイックな面があって、
 ベッドまで誘い込めるチャンスは、大体5分5分位の確立しかない。
 食事してベッドまで行ければ、朝まで一緒に過ごしてくれるが、彼の気を浚うものがあれば、
 食事もそこそこや無しで話だけで終わる逢瀬もある。そしてその場合…、気づけば翌朝にはロイの元から
 旅立ってる時もあるのだ、これが……。

 そんなエドワードに最初の頃は腹を立てたり、寂しく、侘しい気持ちを持った事もあるが、今では達観の域に至っている。

 エドワードはどこまで行ってもエドワードなのだ。
 互いの関係が変わろうとも、彼個人に変わりはない。
 それが彼の若さの象徴であり、発展途上の少年である証だ。

 そんな彼を好きになり、惚れ込んで恋人としたなら、それら全てを受け止める度量を、ロイが培い、養うべきなのだ。

 と、自分でもなかなか男前の度量の広さだなと自讃しつつ、エドワードとの付き合い続けていたのだが、
 その日はそんな自分の努力への褒美なのか、酔ったエドワードが珍しく積極的な秋波を纏っていた。
 ―― つまり、ロイへとお誘いを掛けてきてくれているのだ。

 驚きつつも、またとないチャンス! ロイがエドワードの気が変わらぬ内にと、垂れかかるエドワードの腰を抱きつつ、
 寝室へと急いだのは当然だろう。
 暗い室内で、そこだけ空気に色が染まりそうなほど、熱い口付けを交わしつつ、互いに立ったままで扉の傍で抱擁を続ける。

( ロイの本音で言えば、エドワードと立ったままの口付けは、少々しんどいものがあるのだ。
 エドワードが切れるので言えないが、身長差が大きいとキスはしにくい…。ベッドで横たわって行う分は楽なのだが )

 が、その時はエドワードのその気を持続させ続けるのに心血を注いでいたから、多少の辛さには目を瞑り、
 恋人との身体と気持ちを高めるのを努力しつつ、愉しんでもいた。

 そして、いざベッドへ行こうとして電灯を点けた時………。
 その時ほど、何気な日常の行動―― 灯りを点ける ―― その行動を後悔した事は無かった。


「なっ、なんだよ、この部屋!? 」
 今までうっとりとしながら自分に身体を預けていたエドワードが、灯りを点けて暫くすると、身体を硬直させたかと思うと、
 叫び声を上げたのだ。
「――― そう言えば…、暫く忙しくて家事に構う暇もなかったからな」
 エドワードの驚き声に、現在立っている部屋を眺めると、まぁ…ちょっと悲惨な状態ではあるなと思わされる。
 汚れ物はベッドの下の隅に積み上げられており、シーツはいつ変えたのかグチャグチャな状態で皺の波になっている有様だ。
 着たのか着てないのか判らない衣類は、棚やら箪笥やらデスクやらと掛けれる所に乗せられるだけ乗せられ積まれている。
 しかも、飲食までこの部屋で済ませていたのか、空き瓶やらデリバリパックやら紙袋やら――― 
 兎に角、ありとあらゆる物が床へと放置されたままだ。ゴミ箱は概に詰め込まれすぎて、捨てれなかったからだろう。

 が、ロイにしてみれば事件やら捜査やらが入れば、こんな状態も普通にあってきたことだけあって、
 そろそろ片付けないとな、位の感想しかない。
 それに、今はそんな事よりも心懸かる状況真っ最中なのだ。片付のことなど、
 また時間がある時に考えればいいさとさらりと流して、中断された情事の再開に戻ろうと手を伸ばす。
「次回の休みにでも纏めて片付けるさ。――― それより、エドワード…」

 パシリ!!

 伸ばしたロイの手は、小気味良い音と共に叩かれた。
「エドワード…!? 」
 驚いたようにエドワードを見てくるロイの前で、エドワードは自分の両腕を抱くようにして身体を震わせる。
「うわぁー、最低……。こんな部屋で、良く寝てるよな、あんた。
 悪いけど、俺はゴメンだね。
 今日は帰るわ。―― じゃあな」
 そう言い捨ててさっさと部屋から出て行こうとする。
「ちょ! ちょっと待ちたまえ、エドワード!」
 呆気に取られている場合ではないと、ロイは必死に追いすがる。
「―― ここまで来て、それはないだろ…?
 そうだ! この部屋が気に入らないなら、リビングのソファーでいいじゃないか。
 偶には場所を変えるのも、気分が変わって…… グッ!!」
 ロイが引き止める為に掴んでいた手が生身の方だったのが災いした。
 見事に鳩尾にヒットさせられたのは、鋼の左腕だったのだから。
「―― あんた…最低ー。
 俺は汚い部屋で寝る趣味はないの! 恋人を部屋に上げるんなら、せめてシーツ位換えとけ!」
 ロイの口にした代案が更にエドワードの気に触ったようで、エドワードはそう言葉を投げつけて、
 今度こそ部屋からも、家からも去って行った。

 ―― その後、惨めな気分に陥りながらも、せっせと深夜に部屋の掃除に片付物にと精を出し、
 やや寝不足のまま職場へと出掛け。
 勤務後に再度恋人を誘おうと、自分を慰めながら司令部へ着いてみれば。

「おはようございます、大佐。
 さっきまで大将とアルが来てたんですよ」
 明るいハボックの声掛けに、ぎくりと嫌な予感を浮かべてみれば、案の定。
「何か、良い情報が入ったとかで旅立って行きましたぜ。
 相変わらず忙しい兄弟ですよね。ん? ―― 大佐、大佐ぁー?
 どうしたんすか? おーいぃーーー」
 ハボックの自分を呼ぶ声をBGMに、ロイは短く過ぎ去った自分の逢瀬を知ったのだった。

 ―― ロイ・マスタング…、痛恨の失態を味わったのだった ――

 *****

 とまあ、そんな事もあって、それからは結構マメに家事をするようにしているロイだった。
 エドワードも別段、ロイに出来ない無理を言うわけではない。
 料理をしないロイに、良い顔はしないが強請もしない。
 身体を考えれば自炊する方が良いのだが、独り暮らしの不規則勤務では、食材も無駄が増えるし、
 買えずに抜く事になれば更に不健康だ。
 片付けも、別段磨き上げるほどでは無くとも、出した物を仕舞う、要らない物、ゴミは捨てる。
 そんな基本的な事さえ出来てれば良いと考えているようだった。
 が洗濯は、別にロイがしていたわけでもない。頼んでいる軍の委託の業者が取りに来て、持ってきてくれるわけだ。
 金に困る地位でもないロイがそれさえしないと言うのは、唯の怠慢に過ぎない。
 
『自分の身の回りをきちんと出来ない者に、他人も、仕事もみれるわけがない! 』
 
 そんな師匠の厳しい教えに従うエドワードにとっては、怠惰の上に胡坐をかいて過ごすなど、言語道断なのだ。

 厳しく愛あるエドワードの苦言のおかげで、今ではロイも一通りの家事は行うようになった。
 わざわざ時間を掛けてするしかないのは、纏めてしようとするからなのだ。ゴミは小さな使い捨て袋に毎日入れて、
 仕事へ出る時に出せば済むし、風呂場も出る時にシャワーで流せば、そこそこ保たれる。衣類は籠に放り込んで出し、
 戻ったら次の汚れ物を入れる前に、仕舞ってしまう。
 やってみれば、ものの数分で終わる事ばかりだ。
 そうしてきちんと整っていれば、探すだの退けるだのの時間も無くなり、スムーズに時間が使えるのにも気が付いた。

 

 そして、今朝に至る。

 業者が間に合わないので自分でやったが、最近では気分転換にやる事も増えていてお手の物だ。
 少し汗ばむ額に手をやって、広がる青空を見上げる。
「この陽気なら、戻ってきた頃には乾いているな」
 満足げに呟いて、部屋へと戻っていく。程ほどに片付いた室内を眺め、余る時間をどう過ごしていようかと思いながら、
 取り合えずとお茶を淹れる準備をする。
 大抵はインスタントで済ませるのだが、今日は時間も、気持ち的にも余裕がある。ロイはキッチンの隅に置かれている
 サイフォンを持ち出すと、うろ覚えのコーヒーの落とし方を思い出しつつ準備をする。
 サイフォンは何かの引き出物か貰い物で箱に仕舞われていたのを、エドワードが折角あるのに使わないのは勿体無いと
 出してきた物だ。ロイ独りだと、余程気乗りしない限りはこれでは落とさないが、エドワードがいつも出してくれる
 コーヒーが美味しい事は実感している。
 
 暫くすると、部屋に良い匂いが漂い始める。
 このコーヒーの淹れ方の良い点は、期待させる香りが振り撒かれる点だろう。手間はかかるが、その分味も満足度も別格だ。
 インスタントはお手軽だか、その分出来にケチも付けれない。
 落としたコーヒーを飲みながら、空腹に気が付く。朝からバタバタと家事をしていたせいで、朝食昼食とも抜いたままだ。
 ロイは時計を確認して、少々遅めのランチを取りに行こうと決める。
 ―― それと、エドワードに何か甘い物でも買ってきておこう ――
 飲み物に茶菓子は要らないロイだが、エドワードは結構好きなようで、来る時には持参して来る事が多い。
 偶には、ロイが用意しておいてやるのも、喜ぶだろう。

 さて、どこの店の菓子にするか…と思案しながら、家を出ていく。



 *****


「う~ん、思ったより早く着いちまったよなぁー」
「うん、丁度臨時列車が増線されてて良かったよね」
 通いなれてき始めた駅を出て、エドワードとアルフォンスは駅からの大通りを歩き出す。
 首都セントラルよりは小さいとはいえ、イーストシティーも東方の主要都市だ。人の多さ、交通量の多さもなかなかのものだ。
 戦火に近かった分、治安の回復には時間もかかり苦労したようだが、ここ数年、安定した復興と発展を続けていて、
 他の都市からも注目の中心都市なのだ。
 それもこれも、現在司令官代理を行っている人間の手腕と管理能力のおかげだろうと、市民には認識されている。
 ―― つまるところ、エドワードの恋人のことなのだが…。
 華やかな街並みには、とりどりの店が軒並みを連ねている。特に、今二人が歩いているメイン通りには、
 国の有名店や東方の自慢の店が牽制を誇るように、凝ったディスプレイで飾っては行き交う人々の目を愉しませている。

 一頻り今後の計画を話し合うと、エドワードとアルフォンスは落ち合う方法を決めて別れる事にした。

「じゃあ兄さん、僕はいつもの宿に行ってるね」
 アルフォンスはエドワードのトランクを預ると、そう告げる。
「ん…、ごめんな、いつも…」
 エドワードの歯切れの悪い返答に、アルフォンスは陽気に返してくれる。
「なーに言ってんの! 兄さんのお守りから解放されるんで、僕としては大佐に感謝したいくらいだよ」
「酷い………。兄ちゃん、ちょっと傷ついた…」
 アルフォンスの言葉に大袈裟に傷ついた素振りを見せると、アルフォンスが可笑しそうに笑って、手を振って歩き去っていく。

 ロイと付き合うようになった最初から、アルフォンスには隠さずに話してある。
 エドワード自身、実は何で行き成りそんな関係に発展したのかに戸惑いながらの告白にも、
 アルフォンスは至極納得したように頷き、「兄さんが良いんなら、僕も反対はしないよ」と落ち着いて返され、
 その事の方にエドワードが驚かされたくらいだ。
 
 ―― 普通兄弟が、行き成り同性の相手と付き合う事になりました。なんて言い出せば、
        反対するか驚くか位はするのではないだろうか?

 あっさりと納得したアルフォンスを、常々不思議に思い続けていたのだ。
 (いつか聞いてみよう…) そう考えつつ、エドワードはロイの家へと足を向ける。
 駅からも、軍からも程近い距離にある官舎地区は、治安がもっとも良くて、危険区域だろう。東方は高官が少ない為、
 官舎も閑散としているが、警備の重要度は司令部・司令官邸に次いで高い。
 その為、治安は良いのだが、それを掻い潜る者達もいて、標的にもされやすい地区なのだ。それを嫌って、
 市街に家を構える者も家族を持つ者には多いそうだが、ロイは逆に市民への被害を最小にする為にも、
 宛がわれた官舎住まいをしている。
 彼は、標的にもされやすい人物なのだ。
 軍内ではイシュバールの英雄を讃えられ。
 国民には、優秀な司令官と認められている。
 おかげで、ロイを倒して名を上げようとする輩から、自分達の活動を遂行しやすくする為にと、排除しようとする者やら。
 そんな人々に、大人気なのだった。

 が、黙ってやられる相手でもない。
 地区への安全性を高める為にも、お得意の錬成で防御を張ってある。
 その中では特殊火気の取り扱いは出来なくなっており、警護を掻い潜り、腕っ節で挑んでくる者には返り討ちにすること数度。
 おかげで、この地区で望むには分が悪いと、仕掛けて来る者も年々減って行く傾向を辿っている。

 そのおかげか、最近は官舎を希望する者が増えてきたそうで、ロイの当初の思惑通り、事は進んでき始めているというわけだ。

 
 が、そうやって地道な活動を続けているロイも、いつまでも東方で留まっている事はないのだ………。
 そんな事をつらつらと思い浮かべながら角を曲がろうとしたエドワードの足が止まる。
 暫く潜むように、角から前方の光景を見ていたエドワードは、そのまま角を曲がらずに、壁に凭れる様にして立ち尽くす。

「…ちぇ、何だよ……」
 そう呟いて、足元の地面をコツンと蹴ると、勢い良く歩き出した。

 ―― 進んできた道を、逆戻りするようにして…――





 *****


「さて、これで良いか…」
 食事から戻ってきた時を考えて、ロイは予めお茶のセッティングを整えておく。綺麗にセットされた茶器たちと、
 可愛いラッピングを施された袋が、ちょこんとテーブルに花を添えている。
 デザートは冷蔵庫で冷やしてあるのだが、この可愛い贈り物は買いに行った店員からエドワードへのプレゼントだ。
 どの店にしようかと思案して行き着いたのが、エドワードが良く持ち込んでいた袋のロゴマーク。
 地元では有名な店の名前だったから、自分では興味が無かったロイでも知っている。
 真剣に菓子を選んでいるロイを見かねてか、アドバイスに乗ってくれた親切な店員と話している内に、
 エドワードの話が出たのだ。


「ああ! あの綺麗な男の子ですよね」
 判ったと言うように中てられて、ロイの方が驚いた。
「エドワード君でしょ、その子って?」
「―― 良く判ったね…」
 驚いているロイに、得意そうな笑みを向けてくる。
「常連さんですもの。それにあれだけ綺麗な子なら、一目見れば忘れられないですよ? 
 ここのお菓子を気に入ってくれたのか、旅に出る前にも大量に買っていってくれるんです」
 その後はスムーズにエドワード好みの菓子を買い、普段は食べれられない物もと言う事で、生菓子も買う事にした。
「ケーキとか好きなんだそうですけど、日が保たないでしょ?
 だから焼き菓子だけでもって、いつもぼやいてるんですよ、彼」
 まるで自分の身内のように語る店員に、―― ロイはほんの少しだけ、不愉快な感情を胸の内で浮かべる…。
 が、それは次の店員の言葉で、一瞬にして消え去った。
「丁度うちにも、あの年頃の弟が居るんです。で、ついつい癖で構っちゃうんですよね」
 そう笑う彼女に、ロイも今度は心から笑みを返せた。

 結構な量になった菓子袋を手に、店から出る。
 時間はまだ余裕があるが、自分が思っていたよりは時間を喰ってしまった。そう思って焦っていたのか、
 歩調がやや早くなっている。

「お客さんー、待って下さいー」
 そんな呼び掛けの声にも、暫くは気付けないほどで、漸く足を止めて振り返ってみれば、店から出て随分と離れた場所まで
 店員が追い掛けて来ている。
 ―― 忘れ物でも…? ――
 何だろうと振り返ると、息急いた彼女が暫く深呼吸して息を整えている。
「… どうしました? 何か忘れ物でも?」
 怪訝そうに伺うロイに、彼女は大きく首を横に振ると、「はい」っと可愛いラッピングの菓子袋を差し出してくる。
「これは…?」
 驚くロイに、満面の笑みで返してくる。
「前にエド君と、季節限定のお菓子の話をしたんです。彼、いつもこちらに居ないでしょ? だから、
 もし時期が近い時に顔を出したら、作っておくって約束してたんですよ。
 これ丁度、試作品なんですけど作ってあったのを思い出したから」
 優しい気質のお姉さんなのが伺える。彼の下の弟も、さぞかし姉に可愛がられ、慕っていることだろう…。

 そんな遣り取りを経て、テーブルに飾られた小袋を見ながら、ロイは戻ってきた時の時間を待ち遠しく思った。





 *****


 日が傾き始め夕刻の時刻が訪れ、―― もう、夜と言ってもいい時間が始まっている。
 おかしいと思いつつも、列車の遅れなどを考えたり、事件性も考えてみたりと気が気ではなくなる。
 ―― 事件なら…司令部から連絡が来るはずだ ――
 なら、列車の遅れだろうか?
 治安や交通網の整備の成果で、随分正確にはなってきたが、列車が遅れることはしばしばある。
 が、その場合は電話くらいはしてきそうなものなのだが…。

 暫し逡巡した後に、ロイは電話を掛ける為に受話器を持ち上げる。
 ワンコールで出る対応は、なかなかのものだと思うが、如何せんその後の出方がいまいちだ。
『は~い、司令部っす。何か、ようっすか?』
 その馬鹿ポイ出方に、ロイはガックリと肩が落ちた。
「ハボック……、もう少しましな対応は出来ないのか…」
『うっす、お疲れ様です。
 ましなって言われても、このホットコール使うの、今んとこ大佐だけっすよ?』
「にしても…、もう少しマシな出方があるだろうが…」
 はぁーと呆れ交じりの溜息を吐くが、今はハボックのこと等構っている場合ではなかったのだ。
「ハボック」
『はい?』
「東部への列車の事故や遅れなど、今出ているのか?」
 ロイの思惑は判らずとも、確認されている事への重要性を察してか、急にきびきびした言動で返してくる。
『―― 今朝から今までにかけて、事故の報告は無かった模様。
 若干の遅れが見られる運行もあったようですけど、停車時刻で調整できる範囲だったとフユリーが言ってます』
「……… そうか」
 ならエドワードは一体どうしたと言うのだろう。ハボックの返答を聞いて思考をエドワードに向ける始めた矢先に、
 次の言葉で引き戻される。
『なんせ、大将も無事に着いてる位ですからね』
 その言葉に、ロイは耳を疑う。
「何っ?」
『驚いたでしょー、大佐には別に連絡しなくて良いって言うんで、折角の休みに悪いと思って連絡してませんでしたが、
 昼過ぎに戻ってきてるんですよ』
「―― 昼、過ぎ…?」
 茫然と呟いた言葉も、優秀な部下は拾ってくれたらしい。
『ええ! いつもなら、遅れるのが常な癖に、珍しくも早く着いたんだそうで、今は書庫に籠もってますよ。
 俺らもそろそろ上がりなんで、一緒に飯でも食うかって話してるんです』

「ハボック!」
 突然の大声に、ハボックが息を飲んで固まったのが伝わってくる。
『……… なっ! 何でしょうか!?』
 びくびくと聞き返してくるハボックにフォローする気も起きずに、ロイは矢継ぎ早に指示を告げる。
「いいか! 今からそちらに向かう。エ…、鋼のを拘束しておけ」
『…拘束…っすか?』
 ロイの指示には逆らわない習慣が身に付いているハボックでも、今のロイの言葉に怪訝そうに伺ってくる。
「絶対に司令部から出すなよ。―― 私が行く事も黙ってろ。
 …… もし逃がしてみろ、減給だ」
『えっーーー!?』
 驚いているハボックに構わず受話器を切ると、ロイは上着を引っつかんで家を飛び出す。

 ―― どう言う事だ! 今日は夕方に着いたら、直接家に来ると言ってたじゃないか? 
 早く着いたからの時間潰しが、いつもの如く長引いている?
 私が休みだと知っていて? ――

 確かに、情報や文献に比べれば…哀しいことながら、少々ロイのエドワードの中での地位は低いのかも知れない。
 が、わざわざ電話して来て、約束した事を反古にしてまで、蔑ろにされる程度とは思っていなかった……… 
 いなかったのだが…。

 走るに連れ熱が溜まっていく。熱が溜まっていけば、頭に血が上り易くなる。不満は怒りに転じられ、思考は非難に摩り替わる。
 ロイが書庫の扉に手を伸ばした時、それはピークに達していた。



 煌々と明かりが点いた部屋…。
 それが更に腹正しさを募らせる。ロイが待ち焦がれている間も、エドワードはここで自分の探究心を満たしていたのだろうか。

 怒りを溜め、声を掛ける事無く扉を開け放つ。

 ―― エドワード! と怒鳴るようにして呼ぼうと思っていた。
     どうしてここに居るのか? と。
     自分で言った約束さえも、忘れたのかと詰ろうとも…。

 でも結局、扉を開けたロイは声さえも出さなかった。
 いや――― 出せなかった。

 エドワードは確かにそこに、その部屋に居た。
 が、ロイの想像していたように、文献に埋もれてもいなければ、周囲をシャットダウンしたように本に
 のめり込んでもいなかった。

 ただ――― じっと、窓の外を見続けて座り込んでいた。



 ロイが入って来た事にも気付いていないのか、エドワードは視線を向ける事無く、じっと窓の、闇の所為で景色も
 見え無くなった外を見続けている。
 ロイはそっと近付いて行くと、驚かさないように声を掛ける。
「エドワード? そこから何を見ているんだい?」
 そう声を掛けながら、触れるようにして肩に手を置いて初めて、弾かれたようにエドワードがロイを振り返る。
「… あんたか」
 嘆息しながら返された言葉に、ロイはややむっとした表情になる。
「―― あんたか、は酷いんじゃないのかい? 約束を待ち続けていた恋人をほっておいて…、
 言うべき言葉は他にあるんじゃないのか?」
 感情の波がぶり返し始めたのか、少々棘がある口調で、ロイがそう皮肉る。
「……… 俺が!? はん、謝る事があるのは、あんたの方じゃないのか?」
 予想しない切り替えしに、ロイの目が大きく瞠られる。
「私が? 何故?」
「――― 胸に手を当てて、よ~く考えてみれば?
 本当は………、俺に戻って来て欲しく無かったんじゃ」
「エドワード!! ――― どう言う意味だ。
 約束して遅れて、しかも来ないわ、謝りもしない。その上、言いがかりか? 幾ら君であっても、…許せないな」
 すっとロイの周囲の温度が下がる。そんなロイにエドワードも一瞬怯みそうになるが、腹に力を入れて睨み返す。

 緊迫した空気が二人の間に充満する。
「―― どういう意味か、説明してもらおうか」
 冷めた声でそう告げると、ロイはエドワードへと手を伸ばす。
 その瞬間―――

「大佐、来てるんすかぁ~」
 場違いな能天気な声が、開かれた扉の方から届いてくる。
 一歩踏み込んで、ハボックは揃って自分を見ている二人組みに怪訝そうに話しかけてくる。
「あっ、来てたんすね。で、何で二人で見詰め合ってるんすか?
 俺ら仕事終わりなんで、大将呼びに来たんだけど…、そんなに大佐も行きたかったんですかぁ?」
 人好きのする笑みを浮かべながら、そんな風に話しかけてくるハボックに、ロイの気も削がれる。
「…お前なぁ………」
 深々と溜息を吐いているロイを見て、ハボックは不思議そうにしている。
「はっ? なんなんすか、一体?」
 二人が会話している間に、エドワードは猫のような身のこなしでロイの脇をすり抜け、ハボックの横を通り過ぎていく。
「少尉、ごめん。飯はまた今度な」
 それだけ告げるとエドワードの姿は、扉から見えなくなる。
「エ…、待ちなさい、鋼の!」
 それに続くように血相を変えたロイが、ハボックの横を走り出して行ってしまう。

 ポツンと部屋に残されたハボックは、わけもわからず茫然とし、その後気を取り戻して、
 肩を竦めつつ部屋の戸締りをして帰って行く。







「エドワード、待ちなさい!」
 足早に歩き去るエドワードに声を掛け、ロイは追いつくや否や手を掴む。
「…離せよ!」
 振り解きはしなかったが、エドワードの応えは不機嫌な連れない言葉だった。
「嫌だ」
 ロイは短く返すと、足を止めようとしないエドワードに付き従う形で一緒に歩き出す。
 妙な事態に陥ってはいるが、それでも久しぶりの恋人を間近に感じられて、ささくれ立っていた感情も凪いでくる。
 暫く無言で並んで歩いていく。それでも、掴んだ手は離さない。
「――― 一体、どうしたんだい?」
 出来るだけ平静になって、そう訊ねてみる。
「……… 別に」
 言葉短く返すエドワードの頑なな態度に、ロイは内心では大きな嘆息を吐いている。
 エドワードは元々気性がはっきりしている為、喜怒哀楽は判りやすい。
 その彼をここまで判断できないという事は珍しいのだ。
「別に、じゃないだろう? 何も無くて、君がこれ程臍を曲げているとは思えない。
 ―― エドワード、話してくれないと、判らないよ?」
 ロイの先程までの怒りは、今や心配や危惧に変わっている。
 彼がここまでの態度を取っているのには、何らかの理由がある筈なのだ。
 もしかしたら、トラブル体質の彼の事だ。何か言い難い事にでも首を突っ込んでいるのかも知れないし、
 企んで隠し立てしているのも有り得る。
 促すように掴んだ手を振ってやれば、エドワードが漸く足を止めてロイを見返してくる。
「どうしたんだい?」
 その顔を覗き込んでそう声を掛けてやれば、一瞬エドワードの瞳が揺れて問いたげな表情を浮かべる。
 震えるように睫が揺れるのに気付いて、久しぶりにやっとゆっくりと恋人の顔を見れた事に気付いた。
 さっきまでは、頭に血が上っていて見ているようで見えてなかったのだ。


「エドワード、話してみてくれないか?」
 出来るだけ優しく、笑みも浮かべてそう告げてみる。

 そうすると………。
 すぅーっと息を吸い込んで、エドワードがロイに視線を定め、そして…。

「こーのぉ! すけこまし野郎!!」
 あらん限りの声で、罵声を投げつけられた。
 近距離の怒声に、ロイが思わず耳を押さえた隙を突いて、エドワードは掴まれていた手を取り戻して、
 疾風の如く走り去っていく。

「エ、エドワード! 待たないか!」
 慌てて走り出そうとしても、概にエドワードの姿は見えなくなっている。逃げ足は天下一品の彼だ。
 本気で逃走した彼を捕らえるのは、もう無理な事だろう………。

「…エドワード、何を怒ってるんだ…?
 今日は泊まりに来てくれるんじゃ………」
 そんな哀しい呟きが、闇が深くなる街頭に吸い込まれていった。








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